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2011.08.01

読書感想文「メディカルタウンの地方(ぢかた)学」

ことあるごとに読書感想文やらなんやらを書かされ、卒業時には文集ボックスができあがるという中高時代を思い出しながら、読んだ本のおぼえがき。私見もあるので読み流していただければ幸甚です(^^)

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2008年2月に開催された「第2回 30年後の医療を考える会市民公開シンポジウム」の記録である、「メディカルタウンの地方(ぢかた)学」を読了しました。考える会は、先日訪問した「暮らしの保健室」創設者・秋山正子先生が会長を務めておられます。

地方学(Ruriology)とはイギリスやドイツに源泉をもつ学問であり、新渡戸稲造氏が明治31年に著書の中で「疾病予防を意識した公衆衛生の概念をも含めた農村に対しての地域計画論=地方(ぢがた)の研究が重要である」と述べ、地方学の必要性を提唱しています(本書より抜粋)。


「まちづくり」は社会づくりであり、そこにどのような医療が整備されているかは非常に重要なポイントです。商品開発と同様、ユーザー(人間)がどのような動向(一生)をたどるかを正しく把握し、生老病死を通じて多様化するニーズとウォンツを整理できなければ、本当に必要とされるまちづくりも医療・保健体制の確立もできません。

いまは病院で亡くなることが通例と思われていますが、昭和25年頃は病院で亡くなる方は1割で、8割はご自宅で最期を迎えておられます。昭和51年頃からそれが逆転、いまでは病院が8割、在宅が2割未満とのこと(欧米では在宅が3~4割)。自分の住み慣れた愛する場所で最期を迎えたい方が減ったという訳ではなく、社会背景の大きな変化によって看取りの文化も変わってきているのです。
少子高齢化が加速する日本では、現代のような施設で看取るという体制を将来的には維持できないとされるため、在宅医療・地域医療の確立は急務ではありますが、複雑多様な課題を多く抱えているのが現状です。
ちなみに、在宅医療は生老病死の「病」の部分でも大きく変化しています。私が日々行うインスリンの自己注射も血糖測定器やペン型インスリンの誕生・発展によって実現できている在宅医療のひとつです。日常生活をなるべく変更せずに在宅(病院外)でしかるべき治療を受けられることは、QOLだけでなく本人の病態にも大きく貢献すると実体験から強く思います。

本書には、地域医療の事例として夕張市の村上医師京大病院の退院調整看護師・宇都宮さんの奮闘、地域包括支援センター・在宅医療ネットワークの確立など、いまとこれからの医療の課題が凝縮されています。
どうすれば病気にならないで済むか(一次予防)、病気になったとしても早期発見・早期治療ができるか(二次予防)、病気を発症してもQOLを維持向上できるか(三次予防)は、個人レベルでの実行動と地域・社会レベルでの支援体制両方が整わなければ机上の空論で終わってしまいます。「まちづくり」に期待をすると共に、私達ひとりひとりが健康な「からだづくり」を実践する必要があります。
しかし、国民皆保険の日本の世の中では医療制度の内容に左右されることも多く、そのため自分の健康や老いに対して自分で責任を持つという意識はまだ希薄であり、自分の治療を医療機関に「委ねる」という感覚が根強く残っています。来年2012年に医療法と介護保険法の同時改正というビッグイベントが控えていますが、国民レベルではまだ「ひとごと」として捉えられている状態です。

まずは個人として、自分の健康を人任せにせずにひとりひとりがリテラシーを高め、疾病予防のために具体的に活動すること(漢方的に言えば養生の概念、具体的にいえば自身でできる食養生や統合医療)が重要だと思います。私自身、本を買ったり丁寧で心のこもった食卓を囲んだりと、心身の健康のためには手間と工夫と努力が必須であることをしみじみと実感します。でも、人として原始的であろうとすれば簡単に解決する問題も多々あり、いまの便利な世の中がかえって健康づくりを難しくさせているのかもしれません。
また、個人的に「幸せとは後悔しないこと」だと最近痛感しているのですが、そのために自分の価値観を明らかにすること、これから自分に起こりうる医療や老後の問題をきちんと具体的にシミュレーションしておくことが必要だと思っています。


本を読み進めるうちに自分の知識の浅さを反省、同時に栄養士として何ができるだろうとずっと考えていました。昨日も栄養士の友達と自戒をこめて、栄養士で社会制度をきちんとマクロで捉えている人が少ないと話していました。ミクロの栄養学(分子栄養学等)も重要ではありますが、栄養士に圧倒的に足りていない分野は社会学とコミュニケーション学ではないかと思います。コーチング等、ついスキル習得に走りがちで、体系的に捉えられていないのではと自分自身もよく反省しています。

食事はどんな人にも共通する日々の営みで、嚥下や消化吸収の問題を除けば、生涯を通して口から食べるということは続きます。ひとりの人間の生老病死の中で「食べること」を支援するのが栄養士の役割であるなら、在宅医療の中でも必要とされるべきなのですが、残念ながら本書にそれを語る栄養士は登場していません。
栄養士にありがちなのは「栄養士らしいこんな仕事がしたい」という言葉。仕事というものは相手にニーズがあるから対価を払ってお願いされるもの。もっと世の中を知り社会制度に翻弄され苦しんでいる人たちを知れば、やりたいことの前にやるべき仕事は山積しています。そして、これから確実に必要とされる在宅医療と統合医療の中で栄養士ができることもたくさんあります。
また、人は常に同じ場所にいるのではなく、病院や施設、会社、家庭、さまざまな場所を行き来しているのですから、栄養士も他分野・他職種と連携をとっていく必要があります。

ひとりでも多くの人に笑顔になっていただけるよう、統合医療と在宅医療での栄養士としてのニーズを探り、できるところから活動をはじめること。栄養士同士の連携にもう一度力を注ぐこと。30年後の医療のためにまずは自分から動いてみようと、借りた本なのにがっつり握り締めてそう思いました。

学ぶことだらけの一冊を勧めてくださった上司に感謝(新品をお返ししようと思います)。
人間は一生が学びだなぁ。以上、ご拝読ありがとうございました!

(参考)
在宅医療の解説と実践(全国在宅療養支援診療所連絡会HP)

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